仙台高等裁判所秋田支部 昭和31年(う)139号 判決
記録を精査するに、弁護人所論の通り被告人は頑迷な父兵吉の願を容れて不本意ながら戦死した兄石太郎の年長でもある妻ハルエと婚姻するに至つた事情が存在したとは言え兎も角も兵吉が死亡した昭和二十七年三月頃までは夫婦共々石太郎の遺児米秋、清春の二名及び昭和二十五年一月三十日出生した長女夏江の三児をかかえ田一町四反歩余、畑一反五畝歩余の農地を耕作して平穏の裡に一家の生計を維持して来たものであり、この頃から被告人は酒を嗜み森田部落の松美屋旅館に女中として働いていたよし子と相知るようになつて以来俄かに生活がすさみ家庭を顧みず酒色に耽溺し更に昭和二十九年十一月頃からは右旅館の女中恵美子こと佐野静子と情交関係を結び借金は嵩む一方で屡々外泊してはハルエの態度が気にくわぬといつて毆打暴行を加えることも再三であつた。然しハルエは家庭の平和を願う余り極力隠忍を重ねて来たのであるが、同年十二月頃右旅館において被告人と静子が同衾している現場を目撃してより最早や忍耐も限界に達し被告人を許すことが出来ず、旁々親族の者も被告人の目に余る不行跡に財産の湯尽を恐れて寄り寄り協議した結果昭和三十年三月被告人は田五反歩余畑一反余歩の財産の分与を受けてハルエと離婚することに合意が成り、ハルエは長女夏江及びその後昭和二十七年四月七日出生した二女あさ子、昭和三十年三月八日出生した長男重芳の三児と石太郎の遺児二人の五名をかかえて家に残ることとなつたところ、被告人は分与を受けた右財産を直ちに売却して借金の整理をした後更に同年八月頃静子と共に五所川原市寺町中央街に飲食店「弥生」を経営して手持の現金を全部使い果したが営業不振で同年十一月頃閉店して以来無為徒食し生活はたちまち窮迫するに至り、静子からハルエの許に帰るよう屡々勧められるや同女の変心に焦躁苦慮し、被告人もついハルエの自分を許して呉れる気持に一縷の希望をいだいて昭和三十一年三月頃ハルエの許に二、三回出入りしてそれとなく同女の気持を打診したところ素気なく拒否され、遂に進退谷まり極度に厭世観に陥り自暴自棄となつて本件犯行に及んだもので、その動機において被告人に同情すべき点は尠い許りでなく被害者ハルエが被告人の最後の希望を容れなかつたからと言つて直ちに同女を責めることは出来ない、しかも被告人は本件犯行の直前に妻を殺害し五人の子供を焼き殺すことを決意し同年四月十五日午後九時頃ハルエ方に到り屋内の模様をうかがつた後主家前の藁小屋に身をひそめ翌十六日午前一時頃主屋玄関の大戸を押開けて屋内に侵入し土足のまま台所横の三畳の部屋に上り込み履物をぬぎその場に寝ころぴ所携のマツチをもつて煙草を吸い就寝中の家族を焼き殺すのはこの時と思い同室の襖の破れ目にマツチを点じて火を放ちその燃え上つたところを確認した後履物をはき土足のまま同室を出てハルエ外五名の家族が就寝している四畳半の部屋前に到り同所に予て予想していたローソク台が置かれてあつたのでこれを両手に持ち上げその台尻で力一杯熟睡していたハルエの頭部目掛けて突きおろし同女が「うーん」と一声唸つたのを見届けて一層その死を確実にしたものと考え右寝室の戸を締め屋内の電燈を消した上屋外に逃げ出したもので本件が〓して偶発的なものでなく冷静に計画され遂行された犯行であること、殺害の方法も家族全部を焼き殺し且ハルエに対しては死を一層確実にするため右の如き暴行に及んだというが如き如何にも残忍にして無情な行為はひつきよう被告人の残虐な性格を表徴していること、しかも本件では幸いにもハルエの受傷部の出血によりかすかに意識を取戻し米秋を起し同人が清春と共に直ちに三畳の部屋の火災を発見して適切な消火行為に及んだため僅に襖二枚を焼燬したのみで住家を焼燬するに至らず事無きを得たのであつて若しハルエにおいて今少しく受傷の程度が重かつたならば当審検証で明らかなとおり火は天井裏に拡がり大事に至つたことは必至で真実家族全部が焼き殺されていたであろう危険は容易に推認されるが幸いにも前述のとおりこの点は未遂に終り被害は僅少に止まつたとはいえハルエの傷痕は当審検証当時既に九ケ月余を経過していたにも拘らず尚前額部は未だに疼痛を覚えるの状態であつて決して軽微なものであつたわけではない。
次に被告人は家族を焼き殺した後自殺する考えであつたというのであるがこの点を確認するに足る資料はない、仮りにその考えがあつたとするも量刑に当り特に酌量しなければならない情状とも考えられない。その他記録に現われた各般の情状を斟酌し殊に犯行後被告人が自己の罪を悔い犯行の一切を自供し又ハルエ及び親族の者一同が被告人の処罰の軽からんことを願つている事情等を考慮に入れても原審の量刑は軽きに失するものというべく原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。
次に職権をもつて原判決の擬律を調査するに原判決は原判示犯罪事実の放火未遂と各殺人未遂との間には手段結果の関係ありとして刑法第五十四条第一項後段第十条を適用し重き放火未遂の一罪として処断しているが原判示の如く火を点じて放火並に殺人の実行行為に着手した後その鎮火により両者は同時に未遂に終つたのであるから後記自判の際示す如くこの間には一所為数法の関係がありいわゆる牽連関係の存在を認める余地はない。即ち原判決は法令の適用を誤つた違法があるが結局放火未遂の一罪として処断されるのであるからこの誤りは明らかに判決に影響を及ぼす擬律の誤りということは出来ないので原判決破棄の理由としない。
よつて刑事訴訟法第三百九十七条第一項、第三百八十一条により原判決を破棄し同法第四百条但書により改めて当裁判所において次のとおり判決する。
原判決の確定した事実に法律を適用すると被告人の判示所為中放火未遂の点は刑法第百八条、第百十二条に、各殺人未遂の点は同法第百九十九条、第二百三条に各該当するところ各殺人未遂の間及びこれと放火未遂との間には一所為数法の関係があるから同法第五十四条第一項前段、第十条を適用し結局重い放火未遂の刑に従い所定刑中有期懲役刑を選択しその刑期範囲内において被告人を懲役七年に処し原審及び当審における訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文を適用し全部被告人をして負担させるものとして主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松村美佐男 裁判官 大島雷三 裁判官 三浦克己)